Skip to content

Naoki Shirahige

乃木坂46の選抜システムに対して思うことがある

1 min read

昨日・今日で行われた、乃木坂46 真夏の全国ツアー2021 FINAL!。盛況のうちに無事に終わり本当に良かった。乃木坂46の皆さん、関係者の皆さん、本当にお疲れ様でした。

さて、そのコンサート内で投影されたVTRの中で「選抜」に関する内容があった。主には、乃木坂46にとって「選抜」はとても意味があることで、それは素晴らしいこと、ということをVTRを通して説明。その後、選抜メンバーによるメドレー(アンダーメンバーはバックダンスもしない)が3曲ほど続くという演出。


当時リアルタイムでTwitterを追っていたが、この「選抜」を優位視する演出に対して疑問の声が散見された。(私もその一人。)

何故かと考えれば、この「選抜」がメンバーにとってアンコントローラブルなものであるに他ならない。

仮にこれがファン投票によって決まるものであるならば、ファンアピールやブログなどの広報活動というように目標に対してのアクションを設定しやすい。


しかし、乃木坂46における選抜とは、運営委員会(以下、運営)の判断によって下され、その背景が表に出ることはほとんどない。かなりブラックボックス化されている。

メンバーの発言から推測するに、メンバーもまた「なぜ」という選抜の背景については聞かされていないのだろう。


結果として、新メンバーが加入した時には代表メンバーが選ばれ、センターに抜擢されるというのが定説であるし(例えば、2期生は堀未央奈さん、3期生は与田祐希さん・大園桃子さん、4期生は遠藤さくらさん・賀喜遥香さん)、その後もかなり政治的(卒業や"バランス")に決定されているように感じる。

もちろん、その判断が消費者意識とかけ離れているとは全く持って思わないし、商業作品ということを前提に考えれば非常に合理的なものといえよう。


しかし、それをメンバー・ファンに対して「絶対的なもの」として植え付け、分断をすることは果たして是であろうか。

卒業していくメンバーが口にする「辛さ」、「求められていないんじゃないか」そういう言葉の裏には、そういうものがあるのではないだろうか。


「選抜」を目指すべきゴールとして設定し、鼓舞することは絶対に必要であろうが、その道筋を見せること。コントローラブルな選抜方法を検討するなり、何らかの対応が必要ではないか。

それができないのであれば、分断を招くのではなく、それぞれの主体性と自尊心を高められるグループのあり方を作っていくべきだと思う。(日向坂46は全選抜制を取っているし、AKBGはAKB48総選挙をしていたように。)


そういうモヤモヤを感じた今回のライブなのであった。

© 2022 by Naoki Shirahige. All rights reserved.
Theme by LekoArts