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Naoki Shirahige

自己を貫くということ。

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自己を貫くか、折れるかだ。

周りから見れば、馬鹿なことなのかもしれないけど自分を信じるしかない

もし味方がいなくても、自分が正しいと思ったものには突き進むしかないのでは。

後藤健二、というジャーナリストを知っているだろうか。

尊敬するジャーナリストの1人なんだが。

彼が助けに行くということに、

周りは止めただろうし、

馬鹿だとも言っただろう。

でも彼は助けに行った。

真実を伝えるために。

人を助けるために。

自我を貫いた。

その結果、助けに行った先で命を落とした。

しかし彼の心に邪念、後悔はあったのだろうか。

逆にだ

彼は助けに行かなかった。

拘留されていた方は亡くなった。

となったらどうだろう。

でも、 彼は助けに行かなかった。

拘留されていた方は自分で交渉を重ねた。

運良く、解放された。

っていう考え方もできる。

色んな結果があって、

その手段も色んなものがある。

その先を読んで行動するなんて出来る人間はいない。

人間関係の数手、数十手先を読むのとは次元が違う

そんななかで、道の選択をするのは自分で、自分の決断を信じるしか他はないと思う

それが人間が歩むべきことだし、先代がやってきたことで、それ以外ないと思ってる

何も言われようと、

一抹の不安と、

間違ってないだろうという想いと、

相応の覚悟があるならば、

自我を貫くべきだと僕は思う。

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